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静岡家庭裁判所 昭和44年(少)1769号 決定

少年 N・I(昭二九・五・一三生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

理由

第一、非行事実

少年は、昭和四二年四月○○県××町立△△中学校に入学したが、学内の生活に安定を欠き、落着きがなく、虚言と虚構の振舞いが多い。保護者は、少年の教育には熱心であるが学業成績につき異常に気にし、その要求水準が高すぎる。同校一、二年生のころに窃盗の非行があり、学校教師から問題少年とされていたところ、

(1)  前記中学校を焼いて明日のテストを不能にしようと企て、昭和四四年八月一九日午後六時四〇分ごろ、同中学校の東校舎に立ち入り、女子更衣室の更衣棚にあつた体操着等に所携のマッチで点火したが、近隣者の発見が早かつたため、同校校長○保○の管理する更衣棚および生徒ら所有の体操着類等約二一点を燻焼したのみで、その目的を遂げず、

(2)  同年一一月七日午後三時一〇分ごろ、同中学校三年職員室に侵入し、同校教諭○林○○夫所有のテスト問題集一組(時価一五〇円相当)を窃取し、

(3)  同日午後六時三〇分ごろ、前記××町××(諏訪町)二二三番地の九○部○子経営の私塾六畳の間において、同人所有の現金二、五〇〇円を窃取し

(4)  自己の学業成績が良くないと志望する高等学校への進学がむずかしいと考えた結果、前記中学校教諭の保管する成績控簿の点数を変造して有利に導こうと企て、同年同月一九日午前九時五分ごろ、同校三年分室に侵入し、同校教諭×川×一の机上の紙はさみの中にあつた自己の成績控簿の素点をほしいままに赤色ボールペンで、単元テスト七回目七点を二七点に、八回目一〇点を二〇点に、三学期中間テスト一五点を二五点に順次改描して前記成績控簿を変造してそのまま前記机上に置いて行使し、

(5)  同日午前九時五〇分ごろ、同校職員室において、同校教論×藤×男所有の記念郵便切手シート約二〇枚(時価約一万円相当)、同○田○○子所有の記念郵便切手シート約二二枚(時価約一万二〇〇〇円相当)、同○松○所有の現金一万四、三〇〇円および同○正○所有の現金約五〇〇円をそれぞれ窃取し、

(6)  同年同月二二日前記職員室における現金等の窃盗事件に関して担任教諭○正○外四名から取調べを受け、また、家人からも叱責されたのを恨み、同校舎を焼燃してそのうつ憤を晴らそうと企て、同月二四日午前零時ごろ前記中学校の東校舎に立ち入り、所携のマッチで職員室前の廊下に掲げてあつた絵画に点火し、更に第二美術室に入り、同室内にあつた画用紙数枚にマッチで点火して放火し、その結果同建物に燃え移らせて現に人の住居に使用せず、かつ、人の現在しない同校校長○保○の管理する七五五平方メートルの木造瓦葺平屋建校舎一棟を全焼させ

たものである。

第二、適条

第一の(1)の事実刑法第一一二条、第一〇九条第一項

第一の(2)、(3)、(5)の事実刑法第二三五条

第一の(4)の事実刑法第一五九条第三項、第一六一条

第一の(6)の事実刑法第一〇九条第一項

第三、処遇

(1)  少年は、昭和三八年八月ごろ(九歳)野球のバットが前額部に当たつて転倒したことがあり、当時診断の結果は異常がなかつたのでそのままに終わつたが、翌昭和三九年五月と六月にけいれん発作を起こし、てんかんと診断された。このころから少年は学校の成績が悪くなり、虚言が多くなつて性格に変化を生じた。非行としては、同年八月母の実家から金を盗み出しただけであつたが、その後昭和四二年一月一一日ごろ、他家に侵入して現金一、五〇〇円を窃取する非行を犯し、そのころ女生徒に対するいたずらをするなどして、交際する友達もなく、学校の担任教師からも非常に扱いにくい生徒とされていた。しかして、本件各非行を累行したものであるが、このため当裁判所は調査・審判の結果、昭和四五年四月二七日少年を試験観察に付し、藤沢市所在不動寮に補導委託したが、少年は、寮内における生活態度には表裏があつて良好といえず、自己中心的で虚言も多く、他の補導少年との融和に欠け、遂に同年七月一五日ごろ、同寮の現金三、一二〇円を窃取して逃走し、その後帰寮したが、同年八月九日ごろ現金四、四〇〇円および二九万円の預金通帳を窃取し、現金は他の少年に与えて逃走幇助するなど、極度に不安定な状態にあつた。

(2)  鑑別結果によると、少年の知能は良域であるが、知的な柔軟さがきわめて乏しく、紋切、平板型で豊かな総合力や想像力、独創性を欠く。また、少年は前記(1)で述べたとおり九歳のころ、てんかんと診断されたことがあり、昭和四二年一月二八日にも再度の診断を受け、現在投薬治療を続けているが、てんかん者特有の粘着的傾向が性格特性として顕著である。しかしてこり性で非常にしつこいうえ、自己主張が強くて社会規範と一致した方向をとらず、むしろ自己防衛のための虚言や虚構的行動を頑固に繰り返す。加えて要求水準はきわめて高く、情緒面も不安定である等資質面でかなりの問題のあることが認められる。

(3)  少年の家庭は、両親と弟一人の四人家族にして、父は軽金属会社の管理職を勤め、仕事熱心な人柄で真面目一方であり、母は家事に従事し、性格的にやや勝気な面がみられる。また弟は中学二年生で成績は非常に良いらしい。このように一見表面的には問題のない家庭のようであるが、保護者は教育熱心の余り、少年に対してその能力以上のものを求める模様であり、このため少年は、父母の期待に応えるため、しばしば虚言をついて表面をとりつくろう方法を早期から覚え、しかしてこの虚言、虚構が少年の性格化してしまつたようである。そこで、父母の少年に対する指導態度にも問題があり、これが改善を要するが、現在最も重要なことは、少年の性格の深奥にある反社会的性格を治療することである。

(4)  以上を総合して、この際少年の健全育成のためには医療少年院に収容して、非行の病根を治療し、併せて行き届いた性格の矯正を行なつて社会に適応できる性格を作り、他方父母が少年を真に理解し、退院後において正しい指導をするように反省することも必要であると思料する。よつて少年法第二四条第一項第三号、少年院法第二条第五項により主文のとおり決定する。

なお検察官は、少年について前記第一掲記の非行のほかに別紙の非行をも当裁判所に送致したが、その所為はいずれも少年が一四歳に満たないで犯したものであつて、かかる事件は少年法第三条第二項により都道府県知事または児童相談所長から送致を受けたときに限り、審判することができるものと解するのが相当であり、本件においてそのような手続を経ていないことが記録上明らかであるから、該非行については審判しない。

(裁判官 相原宏)

別紙

(検察官の送致事実)

少年は

(1) 昭和四二年一月一一日午後一時ごろ、○○県××郡××町△△町七二一番地○地○治方において、同人所有の現金約一、五〇〇円を窃取し、

(2) 同年一一月下旬ごろの午後五時三〇分ごろ、同県同郡同町××四九番地△△中学校一年五組教室に侵入し、生徒○林○彦が置いていた同人所有のズボンポケツト内の現金三〇〇円を窃取し

たものである。

以上

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